やさしい日本語とは何か
「やさしい日本語」とは、日本語に不慣れな外国人にもわかるように語彙・文法・表記を調整した日本語である。難しい言葉を簡単に言い換え、文を短くし、漢字にふりがなを付けるなどの工夫を施す。
この概念は1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに生まれた。地震直後、日本語も英語も十分に理解できない外国人住民に災害情報が届かず、避難が遅れる問題が発生した。弘前大学の佐藤和之教授(地域言語行動論)が減災のための「やさしい日本語」を体系的に研究・提唱した(佐藤, 1995)。
当初は災害時の情報伝達手段として開発されたが、その後、行政サービス全般に活用が広がった。2020年8月には出入国在留管理庁と文化庁が共同で「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を策定している。
弘前大学の聴解実験では、通常の日本語ニュースの理解率が約30%であったのに対し、やさしい日本語では90%以上に向上したという結果が報告されている(NHK放送技術研究所, 2012)。
なぜ今注目されているか
在留外国人の出身国・地域は多様化しており、英語だけでは情報が届かない層が増えている。
出入国在留管理庁の「在留外国人に対する基礎調査」(令和4年度、2023年公表)では、日本語で日常会話ができると回答した外国人が、英語を使えると回答した人を上回っている。つまり多くの外国人住民にとって、英語よりもやさしい日本語の方が確実に届く手段となっている。
国の施策においてもやさしい日本語の位置づけは明確である。
・総務省「地域における多文化共生推進プラン」(2020年改訂)で行政情報の提供手段として明記
・「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」(2022年策定、2024年改訂)で重点施策に位置づけ
自治体での活用場面
【窓口対応】住民票・転入届・国民健康保険・子育て支援などの手続き案内をやさしい日本語で作成する自治体が増えている。職員向けのやさしい日本語研修を実施する事例もある。
【防災】避難指示・避難所案内・ハザードマップなどをやさしい日本語で作成する取り組みが各地で行われている。NHKは2012年4月から「NEWS WEB EASY」としてやさしい日本語ニュースを配信している。
【広報】広報誌・チラシ・SNS投稿にやさしい日本語版を併記する自治体が増えている。新型コロナ対応時にはワクチン接種案内や給付金申請手続きの事例が全国で報告された。
【Webサイト】東京都つながり創生財団の多文化共生ポータルサイト(TIPS)のように、やさしい日本語を含む多言語で生活情報を提供する例がある。
やさしい日本語の作り方の基本
出入国在留管理庁・文化庁のガイドラインでは以下の原則が示されている。
・一文を短くする(目安は30字程度)
・難しい言葉を簡単な言葉に置き換える
・漢字にはふりがなを付ける
・尊敬語・謙譲語は使わず「です」「ます」で統一する
・あいまいな表現を避け、具体的に書く
・二重否定(「〜しないわけではない」等)を避ける
・カタカナ語はなるべく使わず、使う場合は意味を添える
【書き換え例】「住民票の写しの交付申請書に必要事項を記入の上、窓口にご提出ください」→「住民票(じゅうみんひょう)がほしいときは、この紙(かみ)に名前(なまえ)と住所(じゅうしょ)を書(か)いてください。書いた紙を窓口(まどぐち)に出(だ)してください」
ポイントは「情報量を減らす」ことではなく「同じ情報を伝わりやすい形にする」ことである。専門用語の言い換えと正確性の両立は実務上の重要課題であり、内容に通じた担当者の確認が不可欠である。
今後の展望
やさしい日本語と多言語対応は二者択一ではなく、相互に補完する関係です。多言語翻訳は正確な情報伝達に優れますが、対応可能な言語数には限界があります。やさしい日本語は言語を問わず日本語学習者全般に届く利点があり、特に対応言語に含まれない少数言語話者への情報提供で有効です。
日本語教育の推進に関する法律(2019年施行)に基づき、地域日本語教育の体制整備が各地で進んでいます。地域日本語教育の体制整備については、文化庁の「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」による補助制度があります。
AIを活用した自動変換ツールの開発も進んでいますが、法令用語や制度名称の正確性を保ちつつ平易に言い換える作業では、引き続き人間による確認が必要です。